キャリア特別対談
なぜ、組織に
理念が必要なのか?
人と仕事にもたらす、
真の成果とは。

今回は、人材教育コンサルタント・概念工作家である村山昇氏をお招きして「スキルベースでの働き方か、理念をもとに働くのか」「個人の成長のために、どのような組織であるべきか」などの観点について、取締役仲介営業部長である河村と対談を行いました。ご覧になっている皆さんの、キャリアを考えるきっかけとなれば幸いです。

村山 昇 氏

慶應義塾大学・経済学部卒業。一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。1994-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員。プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。 企業の従業員・公務員を対象に、「プロフェッショナルシップ」(一個のプロとしての基盤意識)醸成研修はじめ、「コンセプチュアル思考」研修、管理職研修、キャリア教育のプログラムを開発・実施している。

あなたの仕事に、 坂の上の太陽はあるか。 坂の上の太陽は あるか。

はじめまして、
本日はお招きいただきありがとうございます。

こちらこそ、村山さんの著書は拝読させていただきましたが、こうして実際にお会いできて光栄です。

お読みいただき、ありがとうございます。今日は対談ではありますが、最初はインプットも兼ねて、私が普段研修でお話ししている内容をご説明させてください。

まず、働く現場で起こっていることをお話しします。私はいつも働く人を樹に例えていまして、枝葉が個人のスキルで、幹が大もとの力。根っこを仕事観や価値観として、私は根っこを作る研修を主に行っています。

企業はどうしても、花や実の業務成果を効率的に求めがちです。一方で幹や根っこはほったらかしで、結果、枝葉もあまり振るわない、という状態になってしまう。また、樹が育つには、陽の光である目的や志も浴びさせないといけません。今回、御社は太陽となる理念をつくられたと伺って、根っこからしっかり手を入れたのかなと思いました。

研修の際「忙しい」という話をよく伺います。ただ、忙しさと成長は、実はつながっていません。忙しいだけの会社は存続しない。『怠惰な多忙』という言葉がありまして、多忙だけれど、自身を成長させることには怠惰であるということ。これは、現代のビジネス現場にも言えることだと思います。

ノーベル経済学者のハーバード・A・サイモンは、定型の処理的な仕事で成果を上げれば、答えのない創造的なリスクを負う仕事は誰もしたがらないと言います。組織が、定型のものにばかりに流れ、魂がやりたがっている仕事は駆逐されていくという。

時間管理のマトリックスという有名な図があります。忙しさの中身として『重要かつ緊急』の第一領域の仕事で日々が埋まり、数年経っても成長はなかったという話もあります。一方で『重要だけど緊急でない』第二領域の仕事は、自己開発や自己研鑽、人が育つ仕組みを作っていくことです。御社の理念策定の取り組みも、第二領域に着手したからこそ、できたことだと思いました。

―ありがとうございます。たしかに、理念は『重要だけど緊急でない』ものですね。目の前の業績に厳しいものがあったときに、そもそもなぜ理念をつくろうと思えたのでしょうか。背景と意図を、河村さんお話しいただけますか。

村山さん、ご説明ありがとうございます。私は2019年に仲介営業部長の役に就いたのですが、その12年前に仲介を離れていました。辞令を受けた当時、仲介事業は高い目標に向けて頑張ってはいましたが、毎年未達が続き、収支も赤字が続く状況。そんな中でなぜ私が選ばれたのかを考えたとき、仲介に浸かりきっていない私の視点が必要なのでは、と考えました。

少し話が戻りますが、私は、仲介に戻る前に分譲事業の方で、品質管理とアフターサービスの仕事をしていました。お客様宅を訪問している担当者からの話を聞くと、日々の雑事に困っているお客様が多いことに気がつき、便利屋事業をFCで立ち上げたんですね。人材も「困っている人を助けたい」という気持ちを持った方々が集まってくれ、最初はお客様の評判も良く、売上も順調に上がりました。けれど、ある時から急に業績が悪化し、お客様からのアンケート結果も悪くなってしまったのです。

―なぜ、そのような事態になってしまったのですか?

ご依頼に対して1時間いくらという形で仕事をお受けするのですが、リピートしていただくために丁寧に仕事をする。そうすると、時間内に仕事が終わらない。でも、次のお客様とのお約束がある。仕事が終わっていないにもかかわらず、途中で次のお客様のところに向かってしまう。これでは、業績もアンケート結果も悪くなってしまうのは当たり前でした。この事態に、私は「もう一度原点に立ち返って、なぜ我々が便利屋という仕事を立ち上げたのかを考え、言葉にしよう」と声をかけました。3ヶ月程度、仕事の後にみんなで集まり話をして、たどり着いたのが「困っている人を助けたい」という想いでした。最終的にあるメンバーが『あなたに笑顔を届けます。心に感動を届けます。』という言葉を考えてくれて、毎日の朝礼時にみんなで復唱してから仕事に向かうようにしたんです。すると、またお客様の評判も良くなり、売上も上がった。その成功体験が私の中にありました。

だからこそ仲介事業でも、160名全員が向かっていける理念が必要だと感じました。当時の仲介事業には、売上しか目標がなかったので、その上に「何のために仕事をするのか」という旗を立てなくてはいけない。売り上げ目標はあくまでも社内的なことであり、「なぜ小田急を選ぶのか」という理由がないと、お客様のご支持にはつながらないし、売上にも結びつかないと考えました。一見、遠回りのように見えますが、絶対にこれが近道だと思い、全店舗を回って話をし、21名のメンバーを選び『小田急のミライプロジェクト』と名付けて理念づくりをスタートしました。

なるほど。お話にあったように、目標はあくまで目指す数字であり、目的は最終的な意味。目的の方が、包括的で上位の概念なんですね。目的から「やる意味がある」と思えれば、内発的動機から目標に向かっていけます。けれど、目標が目的化すると、いつまでこの目標を追いかけるんだろう、と疲弊してしまう。私も「坂の上に太陽(=大いなる目的)を昇らせていますか」という話をしています。

「私のエピソード」が 積み重なり、やがて、 独自の風土になっていく。

―お二人とも、ありがとうございます。抽象的なものを言語化し、目的とすることで売上が上がる。なぜこのような結果になるのでしょうか?

言葉にすることで、理念を踏まえた行動やエピソードなど、いろんなストーリーが生まれますよね。すると、社内でも「あの人がこんな体験談を持っている、自分もやってみよう」と、組織の中で成功体験が貯まっていく。それが積み重なって風土となり、結果もついてくるというのが良いモデルだと思います。ミッションやパーパスなど、いい言葉は世の中に溢れていますが、ちゃんと従業員から出た言葉なのか。その言葉に紐づいたエピソードや体験談が生まれているかが、大事なことだと思います。

―なるほど。河村さんの中で、理念と成果の間に、どんなご実感がありましたか?

理念を実践している人の営業は「お客様のことを心底考えている」ということが、不思議と伝わってくるのです。一見遠回りの営業に見えますが、実際には、顧客満足度が高く、大きな成果を残しています。私自身、仕事観として近江商人の『先義後利』の考え方を大事にしているのですが、まさにこの考え方だと思います。まずは、目の前のお客様のお困り事や要望にいかに向き合うか。利益は結果としてついてくるものです。

私は以前よりこの考え方を持っていましたが、実は、当時は言い出すことができませんでした。「逆じゃないか」と言われるんじゃないかと、勝手に思っていたのです。けれど、理念を作ったことで、この考え方は正しいという確信が持て、賛同してくれるメンバーも増えてきました。すると、今まで超えられなかった業績目標もあっさり達成できたのです。

―理念がないと結果が出た/出ないという話に終始しますが、理念があると、お客様の満足を前提とした過程の話ができるため、共有が生まれるのかもしれませんね。

そうですね。理念ができたことで、同じように考えていたけど言えなかった人たちが、ちゃんと言葉にできるようになっている。いいことだと思いますね。

一人、最近聞いた例をお話しします。ある社員が、70代の女性から、ご売却のご相談を受けました。その家には娘さん夫婦がお住まいで、同じ学区内のもっと広いところに住み替えたいと。査定にご納得いただけたので、住み替え先についてお考えをお伺いしたところ、ご希望条件を叶えるためには、同居している娘さん夫婦の年収では難しいんじゃないかと思い至りました。普通なら「隣の学区で探しましょう」などと商売を急ぎがちですが、その社員は「そもそも、いまのお住まいのどこにご不満がありますか」とお聞きしたんですね。その結果、ご売却よりもいまのお住まいのままでご不満を解消した方が、お客様にとってはベストだと考えました。「リフォームして間取りの変更をしませんか」と提案し、すぐに小田急ハウジングと連携しながら、リフォーム工事でお話を進めさせていただきました。最初のご要望とは違う形になりましたが、お客様はすごく喜んでくださいました。

目先の利益を優先するなら、普通はご売却をお勧めするでしょう。でも、その社員は、それではお客様のためにならないと判断した。その話を聞いて、私はとても嬉しかったんです。よくお客様のお悩みに向き合い、最適な提案をしたと。こういう話は他にもあって、いい仕事ができているなと思います。

営業という仕事も、枠を広げると、FP(ファイナンシャル・プランナー)のような、お客様のご状況に合わせて、ベストな選択肢を考えてご提案する仕事になる。ものを右から左に売るだけではなく、カウンセリング業に近い仕事になるんですね。

仕事は、BeforeとAfterの間で、何かしらの変化を起こしている。『営業は、何かものを売る仕事』という枠で考えると、すごく小さな仕事になる。自分の職業のイメージを膨らませて、どんな価値創造をしているかを考えることで枠が広がっていく。

仕事は大きく3種類に分けられる。営業の仕事は『増減』だけれど、それだけではない。例えば、物を売るときにやり方を変えたり、見せ方を変えることは『変形・変質』の仕事。新しい仕事を新規で起こすことは『創出』の仕事。枠組みを膨らませれば、自分が世の中に提供している価値が見えてくる。

物件を紹介して案内する。それだけの営業では勝ち残れなくなると思います。生活への不安も高まっていますので、物件の前にお話しすべきことがたくさんある。点のお付き合いではなく、人生を線でお付き合いさせていただけるよう、我々もより多くの専門知識を身につけなくてはなりません。

今回は採用サイトに載せるということですが、採用で人材を見る際、能力と想いの両面から見ることが必要だと考えます。能力のある人は、即戦力として欲しいけれど、能力だけではいい仕事はできません。仕事に対する美意識や誇りが必要です。一番良いのは、能力があって、想いがある人。そういう方が来てくれると、仕事が『志事』になります。能力があるけれど、想いがないという割り切った考え方の人は、及第点ではあるが、人を感動させられないという側面があります。そういう方は、良い条件があれば、すぐに転職してしまう。想いがある人は、仕事が挑戦になるため、組織に欠かせない人材になっていきます。

―想いで言うと、若い方々の方が強い気もしますが、お二人はどうお感じになりますか?

たしかに、若い方々の方が想いは強いです。ただ、想いにもいろんな種類があります。若い方は熱くなりやすいが、同時に冷めやすい。私は、想いを感情面と意志の面で分けていまして、感情面の想いに寄りすぎると、モチベーションを崩す方もいます。一方で、たとえば世の中に貢献したいという想いは意志に近いので、多少嫌なことがあっても、めげずに粘れる。ですから、若い人の感情的な熱量を活かすためにも、理念から共感を引き寄せて意志という堅固な力に変えていくことが重要だと思います。

中途採用で、未経験者も歓迎していますが、理念の話をすると、若い方々は理解も早く、非常に共感してくださいます。結果、成長していくのが早い。一方でマネジャー陣は、時代背景もあり、育てられた価値観が違います。加えて、不動産業界の常識が染み付いていますので、理念をご自身に腹落ちさせるには多少時間が必要だったように思います。

一方で、マネジャー陣は、組織を引っ張っていく存在です。自分流のマネジメントはあるでしょうが、まず、小田急の仲介として、理念を踏まえた管理職の指標である、マネジメントポリシーを策定しました。定期的に共有会をおこないながら、当社のマネジャーとは?をテーマに皆で目線合わせをしています。

目標は到達がゴール。 理念はより高みへ向かう、 エネルギーになる。

―最後に、スキルベースの働き方とソウルワークのお話をお伺いしたいと思っていたのですが、村山さん、こちらもお話いただけますでしょうか。

はい。有名な寓話がありますが、仕事のある部分は生計を立てるためだとしても、それがソウルワークやライフワークへと変わっていくと良いと考えています。

中世のとあるヨーロッパの街で、旅人が3人のレンガ職人に出会いました。「何をしているのですか?」と尋ねると、3人は次のように答えました。

1人目は「親方の命令で、レンガを積んでいる」と。
2人目は「レンガを積んで壁を作っている。大変だけど、お金が良いんだ」と。
3人目は「レンガを積んで、後世に残る“大聖堂”を造っている」と。
3人のレンガ職人は、それぞれ「レンガを積んでいる」という仕事は同じで、賃金もほとんど変わりません。けれど、働く意識・目的がまったく違うのです。

参考: ライスワーク・ライフワーク・ソウルワーク
(会員登録が必要です)

夢や志を、あえて掲げる必要が、個人にも組織にもあると考えています。そうでないと、環境や気分、感情で過ごすことになる。すると、束の間の休みで憂さ晴らしをして、月曜からまた憂鬱に働きに出る…という、単調で小さくまとまった生き方になってしまう。一方で、リスクを負って何かにチャレンジすることは、失敗や挫折もあり、すごく落ち込むこともあります。けれど、夢や志があれば、決意を持って、達成へと向かっていける。小さな環(わ)でとどまるのではなく、大きな環(わ)にしていくことが大事だと思っています。

―なるほど、村山さんはスキルをどのように捉えていますか?

私はスキルや知識を、レゴブロックに例えています。若い時に取り込んだブロックを、自分の仕事観や世の中から求められることに合わせて、どう組み立てていけるかが大事ですね。理念があると、社員の成功体験が集まっていく、という話がありましたが、成功体験が集まると、自分が組み立てたブロックを一度バラして、また自分なりに組み立てていけるようになる。すると、新しい成功体験が増えていく。想いをベースに、どうスキルや知識を再編成するかが、一番大事なのかなと思いますね。

―個人ももちろん、組織の能力も再編成される、ということですね。

かつての日本企業の組織は【組織A】の図のような、ピラミッド型が多かったのかもしれません。数字目標を目指し、機関車のように動かしていく。しかし、令和になり軍隊式のゴリ押しでは、人は動きません。理念に共感し、それを生かそうという組織の連携に変わっています。言われてもいないのに、マネジャー中心に動いていく自律式の組織が理想ですね。

まさに、理念ができて【組織B】の図に変わっている気がします。われわれの事業部には業績給で働く人間が多くいるのですが、個人業績が一定額を超えてしまうと、業績給も上限に達してしまう。優秀な人材は早々に上限に到達するので、達成したあとは仕事に対するエネルギーが落ちてしまうので、年度末に向けて売上が伸びなくなってしまう…ということがまま起こっていました。でも理念の浸透に合わせるように、年度末が近づいても売上は伸びるようになってきています。

まさに【組織B】に、変わっていますね。ピラミッド型は、営業目標を追いかけるけれど、達成したらもう働かない。けれど、理念型で動いている組織は、数字を超えても勝手に動き出しちゃうんです。個々の社員が、自分のやることを120%やる、というのが理想の組織ですね。

ありがとうございます。我々は、不動産を売っているわけではなく、幸せを売っている。理念ができ、当社の事業理念に共感してくださっているお客様も増えてきていますので、中長期的な視点でお客様とお付き合いできている自負があります。

河村さんのように、数値目標を否定せず、理念から立たせていくことの重要性を感じていらっしゃる方は世の中に他にもいるんだけれども、孤軍奮闘されていることも多い。御社の事例はそういった方々に勇気を与えるものではないかと思います。理念主導かつ行動力もあるという組織が世の中にどんどん増えていくことを私は願っています。

ありがとうございます。私も、本日村山さんから教えていただいたことで、より論理的に、理念がある意味を説明できると感じました。納得することが多かったので、社内でも共有していきたいと思います。本日は貴重なお時間を、ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

この街を愛し、

ここにしかない人生の景色を描く。